留学のNIC INTERNATIONAL COLLEGE IN JAPAN(エヌアイシー・インターナショナル・カレッジ・イン・ジャパン)|キャンパスライフ。東京都新宿区新宿5-9-16
NIC INTERNATIONAL COLLEGE IN JAPAN(エヌアイシー・インターナショナル・カレッジ・イン・ジャパン)
キャンパスライフ
人に何と言われても「自分は自分」
Sumitomo Life Insurance Agency America Inc.(SLIA) ロサンジェルス支社勤務
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校経営学部財政学科卒業
●高校でも屈指のワル
宮本さんは、現在、住友生命米国現地法人SLIAで福利厚生コンサルタントとして法人営業をしている。ちょうどインタビューの日は午後から大きな契約のためのプレゼンテーションが予定されていた。「今日の契約が上手くいけば、今年のボーナスも期待できます(笑)。」
現在は、SLIAロス支社で活躍している宮本さんも、高校時代は、学年を代表する劣等生だったという。「勉強はそこそこでしたが、400人の中の、数名のワル。その仲間で停学にならなかったのは私だけって感じでした。(笑)」
山口県内でも屈指の進学校。当然家族の期待も大きく、国内の有名大学への進学が当然のこととされていた。しかし、
「夏休みに友達と海に行ったんですが、そこでいろいろ考えて。。。自分が本当に有名大学に行きたいのか。(行けないと思ったのかもしれませんが)アメリカに行けば、海外の大学だったら、日本人は大学名を知らないのだから、関係ないのではないか、って思ったんです。」
「今考えれば、単に受験から逃げたかっただけなのかも知れませんが、高校にある進学情報誌の一番最後のページにNICが掲載されていて、それを見て、広島であった説明会に母と一緒に参加しました。」
説明会に出た後も母親は反対し、「とりあえずセンター試験は受験しなさい」。しかし一度決めたことを曲げない性格で、センター試験も受験することなくNICを受験、合格した。
NICでの生活は、何もかも新しいことばかりだった。
「今までに出会ったことがない人たちで、バックグラウンドも色々。社会人の人もいたし、国籍が違う人もいました。思春期で『がんばるのはカッコ悪い。』と思っていたのですが、NIC生が皆頑張っているのをみて、最初は「何でこんなに頑張っているんだろう?」って思って(笑)。」
大きな刺激を受け、少しずつ友達も増えていった。
田舎から上京してきて、羽目をはずすことも多かった。「成績不良で母親宛に学校から手紙が送られたこともあります。NICでも劣等生だったんです(笑)。」
NICを修了し、次に進学したのはカリフォルニア州立ディアブロバレーカレッジ。そこでは4段階で3.8の成績をとって、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校経営学部に3年次編入した。
在学中に、現在のSLIAでインターンシップを半年行い、そしてそのまま正社員として継続採用。
「ちょうど就職難の時期で、インターンもなかなか見つからなくて、留学生だということを隠して探していました。Citibankも内定をもらったのですが、最後に留学生だということがバレて、内定も取り消しになって。。。」
一心不乱
ロンドンメトロポリタン大学 ビジネス&プロダクトデザイン専攻
●知名度でなく、「中身」で選んだ大学。
ビジネスとプロダクトデザインの両方を学べるイギリス唯一の大学・ロンドンメトロポリタン大学(LMU)。ロンドンの北東部のビジネス街にある都市型の大学で、めぐみさんは学んでいる。「ビジネスのクラスは一クラス10人、デザインのクラスも20人くらいと少人数で、とても楽しいです。」
実はロンドンメトロポリタン大学は、イギリス国内でも最も新しい大学の一つで、ランキングも上位にはない。
めぐみさんも実は、ケンブリッジで履修したアート・ファンデーションでは、Distinction(最優秀成績)をとり、ロンドン芸術大学(University of Arts London:UAL)にも合格していた。「でもビジネスをどうしても勉強したくて。UALだと美術だけになってしまうし、何のためにイギリスに来たのかを考えると、大学の知名度ではない、って思ったんです。あと、LMUには交換留学の制度もあったので、本当にやりたいことをやろう、って思ってLMUを選んだんです。」そう語るめぐみさんは来年はヨーロッパかアメリカの大学への交換留学を予定している。
●がんばるのは当たり前。
めぐみさんは中学から広島市内でもトップ3に入る安田女子に入学。その中でも常に学年トップクラスにいた。「わりと自由な校風で、何でもやっていいよ、っていう感じ。勉強は最低限のことだと思っていたのでしっかりやっていました。」勉強以外にも中学時代は英会話学校に通い、高校では空手道場に通い、少林寺流錬心館空手道初段をとった。
「NICを選んだのは、自分を試したかったからです。中高時代は、やれば何でもできたので、より上のレベルを目指したかったんです。」そう思って入学したNICは、「まさにチャレンジングでした(笑)。何度も壁にぶつかりました。でもNICで頑張れたから今やれるという自信になっているし、そのがんばりが、私にとってのSTANDARD。だからがんばるのは、当たり前なんです。」
NICで出会った友達は、今でもかけがいのない仲間。イギリスに共にやってきた仲間とは時折食事をともにする。「ひとりじゃない、っていつも思います。みんな同じようにつらい思いもしているし、夢を語っても、絶対チャカさない。」
●一心不乱
卒業後は、多くのデザイナーが所属する会社を立ち上げたいという。「優秀なデザイナーを、クライアントの要望に合わせて派遣する会社。黒川さんに任せたら間違いない、という会社をつくりたい。そのために、ビジネスとデザインの両方を今勉強しています。」
イギリスに来て、性格が素直になったというめぐみさん。
私の信条なんですが、『やりたかったら、やる。』っていうこと。「できるかできないか」を考えていると、一歩も前に進めなくなるし、他人がどう思うかを気にしすぎていると何もできなくなる。」
「一心不乱。」今のめぐみさんに、一番ぴったりな言葉が浮かんだ。
笑う門に福来る
モナシュ大学教育学部初等教育学科在籍
●実践第一の教育学部
オーストラリア第二の都市メルボルンから電車で約1時間、フランクストンにキャンパスをもつモナシュ大学教育学部。川口さんが学ぶ初等教育学科では保育園から小学校6年生まで教える資格が取得できる。「とにかく実践重視。入学して最初の学期の初日から小学校の現場に行かされました(笑)。」
モナシュ大学では、1年目から毎学期20日間(約4週間)の実習が義務付けられている。「最初の学期は小学校でObservation、次の学期が幼稚園で実習。そして今学期は、小学校でレッスンプランを全部自分で考えて、一クラスを完全に受け持っています。」
「今学期は、レクチャーは週にたった9時間しかないんです。でもAssignment(課題)の量が半端ない。特にリーディングが多いのですが。。。」
1年目は、算数や英語、コンピュータ、芸術、音楽、体育など一通りの教科の教育法を学びながら実習を行ったという。「オーストラリアは多民族国家で、アフリカや中東などからの移民、そして英語を話せない子供達や、養子制度など、日本とは違って、さまざまな家庭環境、多文化環境から来ている子供達をどうやって育てるのか、ということに力を入れているんです。」
教育学に興味を持ったのは中学の時。職業体験で幼稚園に行った。
「高3になっても英語と教育どっちを勉強したいか決められなくて。。。」その時同じ学校にNIC入学を決めている友達がいた。「私もやりたいっ!って。どうせなら英語で教育を勉強しようということで、NIC受験を決めました。」
「高校はあまり好きではなかった。」という川口さん。ソフトテニス部に命をかけ、勉強では自称「普通の人」だったというが、NIC入学後は、勉強しながら、そば屋でアルバイトをし、さらに成績優秀者としてチューターにも選抜され、下のレベルの学生の、勉強のサポートもした。「HAスタートで、周りは優秀な人ばかり。でも『負けたくない!』って思いで、まずは自分のやれることからやろうと思いました。」結果としてアカデミック進級後も、一つだけB、それ以外はすべてAの成績をとった。
●生活費は全部自分で。
ファンデーション進学後も苦労は続いたが、最終的には平均85%以上の成績をキープ。Geography(地理学)では、96%の成績をとって学年1位だった。「Economics(経済学)の期末試験なんて、みただけで腰が抜けました。だってたった3時間のテストなのに、Multiple Choice(三者択一)の問題が30問、1ページのエッセイを書くショートアンサーが5つ、3ページのエッセイを書く問題が2つもあったんですよ!」
モナシュ大学進学後は、アルバイトもはじめた。日本食レストランで週20時間、時給10ドル(約800円)で働いている。親からの仕送りはほぼ使っていない。「今はマレーシア人の女の子、香港人の女の子と3人でシェアして、家賃は月約360ドル(約2万5千円)。」食費も週20~30ドルしかかからないので、残ったお金は全部旅行資金として貯金しているという。
「オーストラリアに来て、シドニー、パース、タスマニアなどいろいろなところに行きました。西海岸を車で縦断したりもしました。12月には友人の母国マレーシア、シンガポール、香港にいく予定なので、今がんばって貯金しています(笑)。」
●「笑う門には福来る」
今年の正月は実家に帰った。でも何かしっくりこない。「ニュースも暗いニュースばかりで見ていて疲れました。空気もなんだか重くて。。。」
反対に家族がオーストラリアに遊びにきたとき、「念のためと頭痛薬を持って来ていた母親が、オーストラリアにいる間は一度も薬を飲まなかったんです(笑)。」ちなみに母親の職業は薬剤師。まさにストレスフリーの環境だったのだろう。
「とにかく楽しむこと」が大切だという川口さん。「こっちのおじいちゃん、おばあちゃんはいつもニコニコしていてとっても輝いて見えます。別に海外旅行にいくとか、豪華なレストランに行くことではなく、家族でカフェやビーチにいくとかで喜びや幸せは得られるんだなーと感じました。」
いろいろなところに行って、いろいろな人と出会えば、必然的に自分とは違う価値観に出会えるし、そうすればいやでもそれを受け入れていかなければならない。「違う価値観を受け入れる広い心、あとは『笑うこと』そういうことを自然と感じられる環境がここにはあるのかも知れません。」そう語る川口さんは、今日も悪戦苦闘しながら、そして楽しみながら、小学校でオーストラリア人の子供達に英語で教えている。











